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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2734号 判決 1963年3月30日

原告

待山みき

被告

小林正司

主文

一、被告は原告に対し、七四九、二五七円及びこれに対する昭和三六年四月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

当事者双方の求める裁判、原告の請求の原因、被告の抗弁に対する抗弁、被告の答弁及び抗弁は別紙書面記載のとおりである。(証拠省略)

理由

一、被告が訴外日本建設興業株式会社に自動車運転者として雇われていたが、昭和三六年二月三日午後一時五〇分ごろ同会社の使用する貨物自動車(登録番号一す九三七三)に砂利約一〇トンを積載して国道四号線(通称日光街道)を栃木県小山市方面から東京方面へ向け、他の貨物自動車に追従しながら運転し、埼玉県春日部市大字粕壁六、一八三番地先にさしかかつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第八号証、第一〇ないし第一四号証、証人藤田たけの証言、及び原被告各本人尋問の結果によれば、その際被告の運転する自動車が突如左方に方向をかえ、国道左側端の有蓋下水溝に乗り上げ、そのとき右自動車の前部左側が右下水溝の蓋上を反対方向に歩行中の原告に衝突し、その場に原告を転倒させ、そのまま左側の前車輸で原告の左下腿部をひき、このため原告が三カ月間の安静加療を要する脳震蕩症、左下腿切断創、左頬骨複雑骨折兼顔面挫創右第三、四中足骨骨折の重傷を負つたことが認められる。

二、そこで被告の過失の有無について判断する。

成立に争のない甲第一五号証、原告主張どおりの写真であることにつき当事者間に争のない甲第五号証の一、三、四及び前示の書証によれば、国道の幅員は約一〇米であつて歩車道の区分がないこと、交通が極めて頻繁であり、国道の両脇に沿つて店舗住宅等が立並んでいることが認められ、また右自動車の最大積載重量は六トンであるが、これを約四トン超過して積載し、衝突事故発生直前毎時約三五キロメートルの速度で先行の貨物自動車との距離を六、七メートル保つて追従していたが、先行車が国道を横断しようとした歩行者との衝突をさけるため急停止し、被告はこれに気付き制動措置をとつたが、そのまま前方に進行すれば先行車と衝突するおそれがあつたので、同時にハンドルを左方にきり、国道の左端を超えたため原告に衝突させたことが認められ、以上認定の事情の下では、被告は自動車運転者として過重の積荷をしている貨物自動車は制動をかけて停車しようとしても通常の場合よりも停止までに長距離を要することを念頭におき先行車との間に通常の場合以上に長間隔を保ち、先行車の動きをとくに注視して常に早めに減速するようにせねばならない注意義務があるのに、これを怠り、先行車の動きに対する注視、減速の手配、先行車との距離の保持に適切を欠いたため、右衝突事故をひき起したものと認めることができ、被告に過失があるということができる。

三、次に原告の損害額について考察する。

1  原告が春日部市立病院に入院して治療を受けたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第三号証、第四号証の一ないし四、及び証人待山篠吉の証言によれば、原告は同年三月一三日退院したこと、同年二月五日から同年四月五日までの間、身体が不自由のため、身の廻りの世話を附添看護人に依頼し、同人にその間の給料として一五、六五〇円を支払つたことが認められ、同金額が原告の損害であると認める。

2  原告は同年同月六日以降身の廻り一切について家族の看護を受け、そのため毎月家族の労力を少くとも五、〇〇〇円相当消費し、家族に毎月同金額を支払うべきものである主張しているが、仮にその主張のとおり家族の労力を消費しているとすれば、これによつて損害を被る者は原告ではなくむしろ家族であるというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

3  証人待山篠吉の証言、及び原告本人尋問の結果、並びにこれによつて成立したと認められる甲第一七号証の一、二によれば、原告の子息の訴外待山篠吉らが昭和三三年ころ訴外有限会社待山商店を設立し、酒類等の販売業を営み、原告は監査役であるとともに、店舗において販売の手伝をし、一カ月五、〇〇〇円の給料の支払を受けていたが、右衝突事故のため働くことができず、毎月前記の五、〇〇〇円の割合によるうべかりし利益を失つていることが認められるが、原告が明治二六年三月九日生れであつて、衝突事故発生当時における余命年数が一二、一六年であることは当事者間に争がなく、また前示の証拠によれば原告は衝突事故発生前元気であつたが、聴力と視力が多少衰えてきたことが認められ、これらの諸事情によれば、原告の稼働年数は衝突事故発生日から六カ年間と推定するのが相当である。してみると、原告は昭和三六年二月三日から昭和四二年二月二日までの間の一カ月五、〇〇〇円の割合によるうべかりし利益を失つたものというべく、しかして本件の口頭弁論終結日が昭和三八年一月一九日であることは明らかであるからその翌日以降の分は現在一時に請求することになれば、その金額はホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して算出した二一五、九〇〇円(円未満切捨)となり、かつこれに右の一九日以前の分を加えると三三三、六〇七円(円未満切捨)になることは計数上明らかであり、この金額が現在における損害であると認定する。

4  前記認定事実によれば、原告は前記の負傷のため、余生を極めて不自由な身体で過ごさなければならないものと認められ、その他前記認定の諸般の事情を考慮して慰藉料は四〇万円をもつて相当と認定する。

四、そこで、被告の過失相殺の主張について検討するに、前記二の認定事実によれば、原告には衝突事故の発生につき過失がないものというべく、その他原告の過失を認定するにたる十分な証拠がないから、被告の右主張事実を何ら斟酌することはできない。

五、そうすると、被告は原告に対し財産的損害合計三四九、二五七円及び慰藉料四〇万円以上合計七四九、二五七円並びにこれに対する本件訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和三六年四月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六、よつて原告の本訴請求は右限度で正当であるから、これを認容し、その余の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 畔上英治 鹿山春男 井野三郎)

別紙

原告 待山みき 被告 小林正司

(請求の趣旨) 一、被告は原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三六年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え 二、訴訟費用は被告の負担。 三、仮執行の宣言。 (請求の原因) (答弁の趣旨) 一、原告の請求を棄却する。 二、訴訟費用は原告の負担とする。

一、被告は訴外日本建設興業株式会社に自動車運転手として雇われ、昭和三六年二月三日午後一時五〇分頃、自家用大型貨物自動車(登録番号第一す九三七三号)に砂利約一〇屯を積載して、国道四号線(通称日光街道)を栃木県小山市方面から東京方面へ他の貨物自動車に追従しながら運転していた。 一、認める。

二、埼玉県春日部市大字粕壁六一八三番地(本件事故現場)先にさしかかつた際の本件車の時速は約五〇粁であつた。本件事故現場は、直線の舗装された巾員一〇米の国道で、乗用車も大型貨物自動車も同じく最高時速四五粁となつている。どんな未熟の運転手も、七〇米走行すればトツプギヤーに入れて時速四〇粁以上に走れるのである。従つて交叉点の存在は関係ない。 二、時速は三五粁程度であつた。即ち、本件事故現場は交叉点から約三〇〇米の距離にあり、本件車は事故寸前に信号のため右の交叉点で待機停車し、信号が青となつたので先行車に続いてエンジンの始動操作に移り、変速レバーをニュートラルから順次トツプに切り替えたばかりであつたため、砂利約一〇屯を積載したこの種の貨物自動車では、右の状況では時速は三五粁程度にしか達しないものである。

三、ところで、自動車運転手としては、先行車の行動を注視し、先行車が停車したときは何時でも安全に停車できるよう相当の車間距離を保 三、被告の注意義務違反、ハンドル操作の誤り、本件車が、道路から二米も外側に乗り出した事実は否認する。

ち、ハンドルの操作を誤らないよう万全の注意を払うべきものである。 しかるに、被告はこれを怠り、先行車が停止したところ、赤ランプの発見が遅れ、追突寸前になつて、あわててハンドルを左に切つたところ、ハンドルの操作を誤り、道路の左側排水溝を超えて道路から二米位も外側に乗り出した。 また、事故現場から二、三〇米のところに横断歩道の白線があり、当時雑踏していたから、かかる場合、運転手はむしろ徐行すべきところ、被告は却つて加速していたのであるから重大な過失があつた。 即ち、被告は当時、前方注視義務を怠つた事実はなく又、車間距離も、通常の運転技術上必要な限度は置いていたが、前述のように信号が変り、エンジンを始動してから後、貨物自動車の場合、車体重量と積荷の重量との関係で、或る程度のスピードを出さぬと加速できず、かえつて運転が完全にできない上に、交叉点は速かに通行すべき法規上の義務があるので、車間距離は通常の間隔より多少狭くなるのが一般である。従つて、停車の場合には、後続車との追突を避けるため、先行車は通常の停車より多少早めに制動操作に移り、制動距離に余裕を持たせるべきにも拘らず、本件車の先行車は急停車した。その理由は、本件事故現場の直ぐ近くに立正佼成会の教会があり、たまたま、その信徒達の一団が現場の直近道路の横断を突如としてはじめたためである。そこで、先行車は、車列の先頭にあつたため見しがきき、非常制動操作に直ちに移れたので事故を起さずに済んだが、後続車たる本件車は、前車の非常制動操作が先行車後尾の赤ランプに信号されてから制動に移行するので、被告は、右赤ランプ信号を確認するや直ちに急停車すべくブレーキを一杯に踏んだが、丁度車に加速がつきはじめていたときであつたのでスリツプし、先行車との車間距離約三米に至つても停車しないので追突することを避けるためハンドルを左に切つた。本件車は道路の通行区分中の最左端を低速車として進行中であつたので、右方は高速車が同方向に進行中で、更に右方は反対方向への車が進行中であつたから、左にハンドルを切る措置は当然のこと

で過失ではない。その結果である停車の状況は、本件車の前部右側フエンダーと先行車後部左側とが五センチ程の間隔であり本件車の前部バンパーは道路端から一尺ないし一尺五寸離れており、道路外に乗り出した事実はないのである。

四、その結果、右排水溝の上に敷かれた覆蓋板の上で車の通過を退避していた原告を、本件車の前部で衝突転倒させ、そのまま前輪で原告の左下腿部をひき、原告に脳震蕩症、左下腿切断創、左頬骨複雑骨折兼顔面挫創、右第三、四中足骨骨折により、三カ月の安静加療を要する重傷を負わせた。 四、否認する。 原告はその連れの者と二名で、本件車の先行車の左側を通行して来たもので、被告は、前記急停車をし、ハンドルを左に切つた時には左方に人影を認めていない。しかも、本件車の前部は、先行車の後部より前には出ていない。

五、過失相殺の主張は否認する。 原告は、前述のように道路外の排水溝の上の覆蓋の上を歩いていたとき、本件車を前方に発見したので、瞬間身を避けようとして逃げたが、本件車に衝突されて約三米後退させられ、脇の民家の板壁で停止、この板壁にもたれかかるように倒れたところを、右車の左前輪が原告の左下腿部を敷き、丁度下が堅い石であつたため、下腿部を切断されたものである。従つて原告には何ら過失はない。 五、被告の過失相殺の主張。 本件車は右ハンドルで、左側前方は先行車(大型貨物自動車)の積荷台及び同車運転席のため見透しがきかないけれども、一方歩行中の原告からは見透しは良好だつた筈であるから、本件車が前方に出て来た場合歩行を中止又は後退することにより本件事故は容易に避け得た筈であるところ、前述の本件車の停車位置状況から明白なように、原告は慢然と歩行を続けたと推測されるから、仮りに被告に責任ありと認められた場合は、原告の右の重大な過失の範囲において相殺さるべきものである。

六、原告は直に春日部市立病院に入院加療したが、結局、左下腿部の切断手術を受け、その創口が治癒しても、老齢ではあるし歩行不能で、日夜横臥し、その看護のため、付添人を必要とすることとなつた。 六、原告が春日部市立病院に入院加療した事実は認めるが、その余不知。

また顔面の左頬骨複雑骨折のため、顔面は変形し、疼痛を訴え、入歯もできなくなつてしまい、恰も生ける屍となつてしまつた。

七、原告の蒙つた損害(一五二万一四五〇円)。 原告は明治二六年三月九日生(六八才)で平均余命年数(第一〇回生命表昭和三〇年女)は一二、一六年であるところ。 七、争う。但し 被告の生年月日並に余命年数は認める。

(一) 昭和三六年二月五日から同年四月五日までの間に、金一万五六五〇円を付添看護人に支払つた。 (一)不知。

(二) その後は、身の廻り一切について原告の家族の看護を受けている。そのため、原告は毎月、家族の労力を少くとも五、〇〇〇円は消費している。(この額は、最も安価な付添人を頼んだとしても必要とされる費用である。)従つて、原告は毎月、家族に五、〇〇〇円を支払うべきもので、原告の余命年数期間中に支払うべき額は、同月六日以後七二万九六〇〇円となる。 (二) 否認する。 労力を消耗するのは、家族であり、もしこの消耗を損害として請求しうる者ありとすればそれは家族以外の者ではあり得ない。 仮りに原告に右の請求権ありとするも、余命年数一杯の金額を請求するのは不当である。余命年数と就労可能年数及び稼働年数とは当然区別して考えられるべきであり、人間は自然死の瞬間まで、自らの身の廻りを自ら処理できるものではなく、死の数年位前からは当然家族等の世話を受けるのが通常で、この期間の家族等の労力の消耗を被告が負担すべき道理はない。

(三) 原告は長男待山篠吉の経営する有限会社待山酒類販売店で手伝いをし、月額五、〇〇〇円の給料を得ていたが、本件事故で働くことがをできなくなつたので、得べかりし利益の喪失はその余命年数一二、一六年間で七二万九六〇〇円となる。 (三) 否認する。 果して労働に対する報酬であつたかは疑はしい。 仮りにそうであつても、原告としてはかわりに労務の提供が不要となつたのであるから、報酬額全額請求するのは不当であり、又亦前述の如く余命年数一杯の報酬額請求は不当である。

(四) 原告は身長約一米五五糎、体重約五〇粁で、事故前極めて頑健であつた。 しかし本件事故による前記傷害により、余生を極めて不自由な体で不幸に生きなければならなくなつた。この精神的打撃は甚大で、金四〇万円をもつて慰藉されるのが相当である。 (五) 右(二)(三)の合計一四五万九二〇〇円を年五分の法定利率により、ホフマン式にて現価に算定すると、金一一〇万五八〇〇円となる。(ホフマン式一二年の係数九、二一五に年額を一二万円を掛けたもの)これに、(一)の一万五六五〇円と(四)の慰藉料四〇万円を加えると一五二万一四五〇円となる。 (四) 過大な慰藉額である。

八、よつて原告は前記七の(一)(三)(四)の損害金全額及び同(二)の損害金から二一、四五〇円を差引いた残額合計金一五〇万円と、これに対する本件訴状送達の日の翌日から年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。 八、争う。

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